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情熱を傾ける価値がある お年寄りの「生活」を支えるリハビリ

情熱を傾ける価値がある お年寄りの「生活」を支えるリハビリ
(2004年8月31日公開)


先輩との出会いがきっかけ 手弁当で高齢者リハビリの実践

浜村明徳さん(医師。以下、浜村) 皆さんこんにちは。今日は、介護老人保健施設(以下、老健施設)のリハビリテーション(以下、リハビリ)と、お年寄りのリハビリのやりがいなどについて話し合いたいと思います。いろいろな立場の人がいますから、まずは自己紹介から始めましょう。

僕は医師で、昭和50年に長崎大学医学 部を卒業しました。 学生のとき、いとこの奈良勲先生(現・広島大学大学院教授)がアメリカの大学を卒業して東京の病院に就職したと聞いて、夏休みを利用して遊びに行きました。 30年ぐらい前です。そこで、若き日の竹内孝仁先生(現・国際医療福祉大学教授) と、大田仁史先生(現・茨城県立医療大学 教授)に出会い、お二人から「リハビリはいいぞ、君もリハビリに進め」と、なか強引に勧められたのです。あまり何度も言われたものだから、僕も「リハビリっていいみたいだなあ」と思うようになった(笑)。
そこで地元の老人ホームに行き、入所されている方に話を聞いた。すると多くの方が「ここにいるのが幸せだけれど、死ぬときは家で死にたい」とおっしゃる。若かった僕はその気持ちの本当のところはよく理解できなかったけれど、こういう方に僕ができることは何かないだろうかと考えるようになった。
当時は、僕らの先輩がリハビリの歩みを始めたところで、普通の医師はリハビリ、なかでも高齢者リハビリについて理解や関心なんてほとんどなかった。だから僕は医師になって大学の医局に籍を置きながら、週末ごとに手弁当でデイサービスセンターに通い、そこで高齢者の地域リハビリを実践した。

そのころは、いまのように高齢者のケ アサービスが充実していなかったから、地域の障害のあるお年寄りが集まれる場所を自分たちで作ったりと、いろんな活動をした。資金集めのカンパを募るために商店街に立ったりもした。
こうして僕は地域リハビリの世界にのめりこんだ。実際に飛び込むと、やりがいのある、すばらしい世界だった。それから僕はずっと高齢者リハビリに携わってきた。
6年前、学生時代から30年いた長崎の地を離れ、いまは福岡県の小倉で老健施設の施設長とリハビリ病院の院長をしています。社団法人全国老人保健施設協会 (以下、全老健)では、常務理事として、特にリハビリについて考えています。

地域リハビリの実践のなかで 後輩を育てるため教員の道へ

長倉寿子さん(作業療法士。以下、長倉) 私は昭和57年に近畿リハビリテーション専門学校を卒業し、作業療法士(以下、OT)になりました。OTになって今年で23年になります。
最初、特別養護老人ホーム(以下、特養)に就職しましたが、当初は高齢者のリハビリにそれほど強い関心や課題があったわけではありませんでした。
でも実際に働くと、お年寄りとかかわるならもっと私自身が、多くの経験や修業を積まなければならないと考えるようになりました。そこで、地域リハビリの実践者として有名な澤村誠志先生(当時・兵庫県立総合リハビリテーションセンター長)のところでお世話になることにしました。

その後、お年寄りのリハビリ施設として老健施設が制度化されたことを受け、開設されたばかりの老健施設「あさぎりむつみ荘」(兵庫県)に行きました。そこで12年間勤務しました。
老健施設で高齢者リハビリの実践を続けるなかで毎年数名の臨地実習生を受け入れ、私たちに続く後輩たちを育てていました。しかし、いま圧倒的に不足している高齢者リハビリの世界で働くリハビリ専門職の養成は、このような規模の取り組みではとても追いつかない。そう考えて、2年前に教育の現場に飛び込みました。現在は、関西総合リハビリテーション専門学校の教員です。
私は高齢者リハビリの世界に長くかかわっていますが、何年経っても同じことを感じます。それは、自分がOTとして“相手の心が動くところ”にタッチできる喜びです。 そして、このことが自分ががんばっていけるエネルギーになっていると感じています。

急性期を目指していたが 最後の実習で高齢者リハビリの道へ

清水慎子さん(理学療法士。以下、清水) 私は、阪奈中央リハビリテーション専門学校を卒業し、理学療法士(以下、PT)になって3年めになります。
PTになろうと思ったのは、自分がけがをしてリハビリを受けたことがきっかけです。私はお年寄りが身近にいる環境で育ちましたが、学校に入って関心をもったのは急性期で、「就職するなら急性期」と思っていました。
ところが、最後の臨地実習の病院で、2か月の実習期間でお年寄りがどんどん変わっていくのを目の当たりにしたのです。
身体面だけでなく精神面の機能もみるみる変わっていく。暗かった表情が明るくなって口数が増える、私のことをわかってくれるようになる。そんな変化がとても嬉しかった。

その病院には偶然、現在の勤め先の方が入院されていて、その方がとても地域リハビリの重要性を話される。あまり熱心に話されるものだからいつの間にか私もそう思うようになった(笑)。そんなこともあって、就職先を回復期・維持期の病院・施設のある法人に変更したのです。
今年度、法人内の異動で老健施設に勤務することになりました。老健施設に行って感じたのは、その人の生活を考えながらアプローチすることの“すごさ”です。病院で2年間働きましたが、これまで“生活”という視点を明確に意識できていなかったことを気づかされた。これは私にとって大きな刺激になりました。

けがをしてリハビリを知り リハビリを提供する側に興味をもつ

浜村 いま学生である堀川君と川飛君は どうしてリハビリ専門職になろうと考えたのですか。

堀川晃義さん(作業療法学科3年。以下、堀川) 中学校のとき部活動で膝を脱臼したときにリハビリを受けたのが、僕がこの道に進もうと思ったきっかけです。最初は、理学療法と作業療法の区別もわかりませんでしたが、学校案内のパンフレットを読むうちに自分なりのイメージがつかめてきて、高2のとき、作業療法学科に進もうと決めました。
いま痴呆病棟での臨地実習を終えたところですが、痴呆のお年寄りのリハビリに目覚めたという感じです。

川飛輝恭さん(理学療法学科3年。以下、 川飛) 私は、高校卒業後、いったん飲食業に従事しましたが、あるきっかけからPTになりたいと思い、仕事を辞めて学校に入りました。リハビリの仕事自体は自分がマラソンで足を痛めたときに知りまし たが、転身を決意したきっかけは、祖父が脳卒中で倒れたことです。
そのとき私は祖父に手料理を作り、祖父はそのことをとても喜んでくれました。でもそのとき、料理のような“もの”ではなく、もっと直接的にかかわる仕事に就きたいと思ったのです。ならばリハビリ専門職だと思い、この道に進む決心をしました。

実習で利用者や患者が 変化していくことを実感

浜村 リハビリというものは、その人に元気を取り戻していく作業でもあります。
そして、「人と人とのつながり」にリハビリの原点みたいなものがあると思います。
2人は維持期・慢性期リハビリの現場の実習を終えたばかりだそうですが、そこで何を感じましたか。堀川君はさっき「実習で痴呆に目覚めた」って言ったけど、大変だったでしょう。

堀川 大変だと思うと同時に、とてもやりがいがありそうだと感じました。
実は最初、急性期志望の僕がどうして痴呆の実習なんだろうかと思っていたのです。痴呆には「どうにもならない」というイメージがありましたし。でも、実際にやってみたらぜんぜん違う。2人の方を担当したのですが、その方々がどんどん穏やかになっていく。印象だけじゃなくて、いくつかの客観的指標をみても明確な変化がありました。そこで自分が役に立てるという実感が湧き、とても嬉しかったのです。

川飛 私は回復期リハビリ病棟で実習しました。私も2週間の実習で患者さんの変化を実感することができました。動作に少し援助を加えたり、注意を促すだけで日常生活動作が向上していく。こんな経験ができたことは大きな収穫でした。

浜村 そうか。2人とも頼もしいな。

老健施設はチームケア 他職種が協力してリハビリにあたる

浜村 この頼もしい学生さんに、老健施設のリハビリがどういうものか、そこでどんなことを感じるかを伝えてください。

清水 私の勤務する老健施設は、入所部門は一般棟と痴呆棟あわせて約150名と、通所リハビリが約60名おられます。入所部門では基本動作能力の維持・向上のための訓練を主に、通所リハビリでは必要な方に個別リハビリを行っています。
正直、病院より老健施設のほうが忙しい。対象の人数も多いので仕事を手際よく進めないといけません。それでも、対象者の方とコミュニケーションをとり、どういう暮らしをしているのか、どういう趣味をもっているのかなど、相手と深くかかわりながら仕事をする充実感は、病院より老健施設のほうがあります。  

PT1人ができる範囲は限られていますから、老健施設では、生活リハビリの視点から、看護師さんやケアワーカーさんに協力してもらい、その方の能力の維持・ 向上を努めます。
本人や家族の意向をふまえ、看護師さんやケアワーカーさんなどスタッフの協力のもと、多方面からの支援をしていくのが老健施設のリハビリです。そして、 チームケアによってPTの仕事のあり方も深まってくるように思います。

浜村 老健施設のリハビリは、リハビリ専門職だけでなく、看護や介護、医師などすべてのスタッフがチームとなって、リハビリの方針を立てたり、方法を確認したりして、チームとしてアプローチしていきます。そこには苦労もあるけれど、大きなやりがいや充実感があります。

長倉 高齢者自身が「自分で何かをしたい」と思うそのことが「自立」のきっかけです。そこに援助できる仕事はたいへんやりがいがあります。
ただ、高齢者の本当の心理や気持ちを実感としてもつことは高齢でもなく大きな障害をもっていない私たちにはできない。その本当のところを理解するには何をしたらよいのか。ゴールをどう設定すればいいのか。これは大きな課題です。
この課題はたぶんリハビリ専門職だけで解決できるものではないでしょう。この課題をチームのいろいろな職種の人と共有し、解決にむけて取り組むには、老健施設がもっともふさわしいと思います。

“生活の現場”で起きる問題を “生活を見る”視点から解決する

浜村 維持期のリハビリは、「生活の現場」から生じるいろいろな問題に対してアプローチをします。たとえば、転んでけがをした。自由に動けないので横になっていたらいつの間にか生活機能全般が低下した。風邪で一週間寝込んでいたら立てなくなった。――そんな、生活をしながら発生する障害や問題が、その人の人生に大きな影響を与える。
しかし、そのとき私たちが、何らかの援助をすることで、生活機能の回復や向上を図ることができる。そのことでその人の人生を支えていくことができる。
老健施設の入所者で、働きかけによって生活ぶりがよくなってくると「家に帰りたい」とおっしゃる方が多い。私たちはそういう方をいろいろな方法で支援する。支援がうまくいくと、生活が変わり、より充実した人生を送っていただくことができるようになる。こういうところに僕は専門職としての生きがいを感じます。

長倉 私も、通所リハビリを始めたときに 「生活をみるというのはこういうことか」 と気づかされました。
送迎の際に家の中まで迎えにあがって、抱いてバスに乗せる時などに家族の方とひと言ふた言コミュニケーションする。次に迎えに行くときにはお土産話をもっていくとコミュニケーションがひろがっていく。そういうかかわりの経験が、入所の方とのかかわりにも反映されて、どんどん進歩していくのです。

老健施設は一人職場? 技術修得の機会がない?

浜村 老健施設でのリハビリはやりがいのある仕事ですが、とても残念なことに僕たちの現場に飛び込んできてくれる若い人が少ない。それにはさまざまな理由があると思います。私たちが解決しなければならないことも多いでしょう。
そこで学生さんに、老健施設についての本音をぜひ聞かせてほしいのだけれど、どうでしょう。

川飛 老健施設は「一人職場(ある専門職が1人しかいない職場)」が多いとよく聞きます。一人職場だと、卒業したてで経験や技術もなくてもその仕事を全部しなくちゃならない。どこまできちんとした仕事ができるかとても不安になります。

堀川 僕も同じです。一人職場だと困ったときにどうしたらいいかわからなくなってしまいそうです。先輩がいたら教えてもらいながら学べるじゃないですか。
だから僕は、最終的には老健施設に就職したいと思っていますが、まず最初は病院に就職して、技術や経験を積んでから行きたいと考えています。こう考える学生はけっこう多いと思います。

川飛 また、新しい技術を学ぶ機会があるのかどうかも心配です。同期が急性期でバリバリ仕事をしながら新しい技術を身につけていくのに、老健施設に勤めると技術を身につける機会もなく置き去りにされるんじゃないか。こういう不安もあります。

堀川 僕もそうです。

浜村 「老健施設は一人職場」という印象が強いみたいですが、全老健の実態調査をみると、全国平均では1施設にリハビリ専門職が約2人弱勤務しています。これは、先輩がいる施設のほうが多いということです。また、病院併設の老健施設も多いので、そういうところでは、同じ組織に先輩や仲間がいます。 1人で多くの人に責任を持たなければならないという面は確かにあるけれど、 老健施設はチームで活動をしますから、 1人ですべての問題をかかえるわけではないことはわかってほしいな。
また、全老健としてリハビリ専門職向けの研修会を年に数回開催していますし、都道府県やブロック単位でも独自の研修会をたくさん実施しています。そこに行けば勉強ができるし技術も学べる。 仲間もできます。
そして、ほとんどの老健施設がこういう研修会への参加を支援しています。不安はあると思うけれど、さまざまな問題や悩みを解決する機会は用意しています。そういう場面でもちろん技術も学べます。

清水 私も入職当時は不安でしたが、同じ職種だけでなく、他職種の先輩から多くのことを学び、悪戦苦闘しながらも、皆さんに育ててもらいました。そのなかにはもちろん技術もあります。何より高齢者のリハビリについて得られるものは、病院より大きいと思います。

長倉 私も老健施設に勤務した当初、いちばん難しかったのは他職種の方たちとの連携です。
それまで働いていた総合リハビリセンターではOTの仕事の範囲が明確でしたが、老健施設はそうではありません。ですから入ったばかりのころは、どこまでが自分の仕事なのか、何もかも自分でしなければならないのかと、試行錯誤の連続でした。
それでもここまで続けてこれたのは、「老健施設の仕事が面白かったから」です。他職種の方からも多くを学びました。

チャレンジ精神を持って 老健施設に飛び込んできてほしい

浜村 「ものすごく苦労しながら一人で重い荷物を背負ってリハビリをする」というイメージの老健施設は過去のものになりつつあります。状況はこれからもっといい方向に変わっていくはずです。 私はいつもこう思っています。

高齢になって障害を背負ってから自分の人生に影響を与える人はそんなにいません。私たちは、障害のある高齢者と出会い、影響を与える最後の人間かもしれない。私たちの仕事は、かかわり一つで、その人の生活や人生をガラリと変える可能性を秘めている。僕も何度もそういう出会いを経験している。

こういう立場にいることはとても面白い。人が好きな人、そういうことをやってみたい人にとっては、老健施設は絶好の職場です。もちろん、受け入れ側も、体制や教育システムを充実させていきます。2人はもちろん、これを読んでくれている学生さんにも、老健施設にどんどん飛び込んできてもらいたいですね。

(役職等は2004年8月31日公開時点のものです)